とくしま建物再発見42「新居家

空取り込む逆折れ屋根

徳島新聞(2003年9月13日)より

 

 穏やかな田園風景の広がる石井町高原にある新居寿夫家は、大きな翼の黒い鳥が大地に舞い降りてきたような外観が印象的な建物である。建築家の新居照和さんとヴァサンティさん夫妻の共同設計により1996年に完成した。照和さんは学生時代に訪れたインドに魅せられ、1979年から7年間、B.V.ドーシの元で建築を学んでいる。そこで知り合ったヴァサンティさんと共に郷里の徳島に帰り、1991年に事務所を開設した。地元徳島で、初めて新築住宅の設計に取り組んだのがこの住まいである。

 完成直後に見せていただく機会に恵まれたが、その時に、逆折れ屋根というユニークな形態が大変気になったことを思い出す。しかし、それは室内に入ってすぐに理解することができた。木造の常識を超えたダイナミックで凛々しい屋根架構(骨組み)が新しい建築空間を創り出していたのだ。内部はプライベートルーム以外をワンルーム空間としているので、玄関からもその架構が一望できる。折れ屋根の中央部分を支える杉丸太の列柱が、寺院の回廊を連想させるのが不思議だった。その列柱の立つ2階に上がると、南北の壁には大きな連続窓が設けられており、窓越しに南は四国山脈が、北には讃岐山脈が広がっていた。2階には三つの子供部屋があり、四季折々に彩りを変える山並みや刻々と移りゆく大空や星空を見ながら、子供たちに大きく育って欲しいと願う設計者の熱い思いが伝わってきた。室内に空を大きく取り込む手法としてデザインされた逆折れ屋根の形態は、思いやりや優しさを育む装置としても機能していたのだ。

デザインを一つ一つひもといていくと、確かな理論に裏打ちされたものであることがよくわかる。彼らの思想の根幹に流れているのは「循環型の住まいづくり」である。この住まいには自然に感謝し、自然と共に生きていく姿勢が強く感じられる。その思想は建物だけでなく前庭の長いアプローチと大きな池にも一貫してみられる。アプローチには以前に住んでいた家屋の基礎石を敷き詰めて先祖の記憶をつなぎ、池は合併処理浄化槽からの生活排水を貯め、カエルや魚、水草への影響を観察し、放流前の水質を確認する装置になっている。設計はデザインセンスがとかくもてはやされるが、設計思想そのものがデザインであること、そしてそれがいかに大切なことであるかは、この建物を見ていると実感できる。

一方では、建築は人の欲望を満たすための行為であることも否めない。厄介なことだが、それは建築の宿命でもある。近年、その欲望はますます膨らみ、地球環境に取り返しがつかないほどの大きな負荷を与えてきた。人と自然の関係が薄れ、自然に生かされていることを忘れてしまい、恵みだけを享受してきた結果であろう。

かつての建築がそうであったように、環境負荷を少しでも抑える努力が今世紀の建築の大きな課題になっている。地元で生まれ育った木を地元で使うことはその性質を素直に生かすことであり、それが長持ちさせることにつながり、強いては環境負荷の軽減にも大きく貢献することになる。古い建物の保存再生手法と共に、木造の新しい可能性を追求することは設計者の役目だと思う。地場杉を使い、新たな建築空間を獲得した新居家にその可能性の光明をみることができた。 (富田眞二)

 

●メモ「新居家」

所在地:名西郡石井町高原西高原  建築主:新居寿夫・麻里子

設計:新居建築研究所(新居照和+新居ヴァサンティ)

施工:アーキテック(戸田輝彦、吉本克美) 大工棟梁:秋山武人

竣工年月:1996年4月 構造規模:木造2階建て

敷地面積 441.63u(133.59坪)

延べ面積 163.25u( 49.38坪)※ロフトを含む

1階  98.72u( 29.86坪)  2階  60.47u( 18.29坪)

 

▲逆折れ屋根のデザインが新しい木造の可能性を感じさせる。外壁の黒い部分は地場

の焼き杉でシルバー部分はガルバリウム鋼板。

▲西側の階段踊り場から見た広間。大きな吹き抜けによって

ダイナミックな屋根架構が一望できる。右上は8m続く南側

の連続窓。

▲南側より見た外観。手前に見えるのは旧家屋の基礎石を敷

き詰めたアプローチと、生活排水の水質を確認する装置とし

て造られた池。

※写真はすべて末澤弘太(徳島新聞社写真部)

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